東北大学大学院理学研究科 数学専攻 合格体験記

はじめに

この度院試に合格し、晴れて修士課程に進学できることになりました。日記の一部として、あるいは院試の体験記として、この記事を書きます。公開してはいけない情報が含まれている場合はこっそり教えてください。以下、院試の体験記として読む場合の注意点です。

  • 東北大学理学部数学科から進学する、いわゆる内部生の視点で書かれていること

  • 院試はコロナ禍の中で行われたため、例年とは異なる可能性があること

出願

7月中旬の5日間です。僕は調査票の内容、特に「読んだことのある数学専門書あるいは論文、興味を持った点」と「興味を持っている数学の定理・理論・問題」を書くのにかなり苦労したので、ある程度余裕を持っておいたほうがいいです。また、これらの内容は面接時に聞かれる可能性があります。周りの人に聞いた感じでは、数学科の4年ゼミで読んでいる本に関連した定理を書く人が多かったです。

僕は「『純粋関数型データ構造』に載っている計算量解析のテクニック」と「形式的冪級数の高速な計算アルゴリズム」についてを書きました。

そのほかの出願書類についても軽く触れておきます。まず写真は願書に貼るものと写真票に貼るものの2枚必要です。僕は襟付きの服を着た写真を証明写真機で撮りましたが、顔さえわかればいいはずなのでTシャツでもよいと思います。入学検定料はATMで振り込み、その時の利用明細書をコピーして添付しました。

院試に向けての勉強

4年ゼミで同じ本を読んでいる他2人と、違う分野の人1人の計4人で院試ゼミを作り、過去問を割り振って解答作成・発表を定期的に行っていました。過去問は公式ページから直近の5年分を手に入れることができます。それ以前の問題も結構出回っているので、知り合いを当たってみるといいでしょう。特に数学サークルには過去ウン十年分が保存されているそうです。ちなみに僕は持っていません。

過去の大学院入試問題 | 東北大学大学院理学研究科数学専攻

ゼミの細かな日程も記録しておきます。結局東北大学の過去問しか解きませんでした。選択問題については、各自解こうと思っている分野の問題をメインに担当していました。ゼミの4人は代数・代数・幾何・基礎論と結構バラバラで、その分いろんな問題の解答を見ることができてかなり良かったと思います。

日付 解いた問題
07/18 共通H29,H30
23 共通H31,R2
28 共通R3,H27,H28
08/01 共通H25,H26,H27
04 選択H31
07 選択R3
09 選択H30
12 選択R2
14 選択H26(模試形式)
17 選択いろいろ

そのほか、対面で集まった日に夜を徹して共通H21からH24までを解きました。英語の問題は他の人が解いた回答を読んで語彙を確認するくらいでした。

院試勉強についての所感ですが、共通問題はできるだけ解いておいたほうが安心、選択問題は過去5年ぶんで十分、英語は無視、という感じです。できるだけ共通を固めておくべきと院試説明会で先輩から言われていましたが、これには同意できます。1か月前から対策を始めたぶん、それなりに余裕をもって解き進められたかなと思っています。

試験1日目・筆記試験

持ち物は受験票と筆記用具と昼食(あるいは金銭)です。教室には時計がありませんが、先生が持ち込んでくださりました。不安な人は時計も持って行ったほうがいいでしょう。

共通問題と選択問題はPDFにして載せます。この2つはいずれ上にリンクを貼った公式ページで公開されるので、多分今載せても大丈夫だと信じています。英語の問題は載せません。

TohokuUniv_math_R4.pdf - Google ドライブ

(2021/09/08追記)共通問題と選択問題では解答用紙のほかに計算用紙も配られ、どちらも回収されます。解答用紙はB4サイズが解く問題数の枚数、計算用紙はA4サイズが2枚で、それぞれ二つ折りになっています。開いたときにB4またはA4サイズになるという意味です。表面上下に記名欄等少し文字が書いてあるほかはほとんど白紙で、両面使うことができます。ホッチキス止めはされていませんでした。特に紙が足りなくなるということはなかったと覚えています。

共通問題

午前9時半から正午までの2時間半で、一番長いです。時間的な余裕はそれほどありませんでした。

1問目

線形代数です。この問題は多くの人が解けていました。過去問では毎年対角化の計算が出題されていましたが、今年はありませんでした。広義固有空間の話はH30の問題でも出題されていました。

(1)(A-2I)vA固有値2に対する固有ベクトルなので、固有空間が\langle e_2,e_3\rangleであることを言えばよいです。僕は広義固有空間が\langle e_2,e_3,v\rangleであることとv固有ベクトルでないことからわかると思っていますが、(A-2I)v\ne 0から固有空間が3次元でないことを言うほうが正しそうです。

(2)Aの元を全部変数でおいて3つの式を代入すればよいです。僕はA固有値2のみであることも用いましたが、必要ありませんでした。

2問目

位相です。この問題も簡単枠です。

(1)\bigsqcup_{b=0}^4 A_{1,b}=\mathbb{Z}であることから従います。

(2)x,y\in\mathbb{Z}に対して5^n\gt|x|+|y|となるようにnを取り、開近傍としてA_{n,x}A_{n,y}を取れば交わらないことが示せます。

(3)連続です。特に開基の逆像が開集合になることを示せばよいですが、これはf^{-1}(x)=\{5x\}の場合とf^{-1}(x)=\{x,5x\}である場合に分けるとそれぞれ具体的な形が分かります。

3問目

難しいです。

(1)絶対収束は収束半径の議論から言えるし、普通に式を上から抑えてもよいです。f(x)と等しくなることは示せませんでしたが、テイラーの定理の剰余項を正確に見ればちゃんと0に収束するようです。

(2)負の2項定理として(競プロ界隈で)有名な式でしたが、示せませんでした。帰納法を少し考えた後、(1)を使ってみましたが、どちらも失敗しました。(1)を使って各点ごとに近傍を取って示す方法もあるようですが、maspyさんのブログにあるような帰納法が最も単純に見えます。左辺を微分するとちょうどnを1つ進めた形になることは気づいていましたが、それは帰納法を棄却した後でした……。

[多項式・形式的べき級数](3)線形漸化式と形式的べき級数 | maspyのHP

(3)誰かが解けたという話を聞いていません。

2021/08/22追記:b2563125さんに解いていただきました。以下証明です。

g(x)の収束半径を考えると\limsup_{n\rightarrow\infty}\sqrt[n]{|a_n|}\le\frac 1 rが成り立ちます。ここで適当に0\lt r'\lt rなるr'を取ってくると、ある番号Nが存在して\sup_{n\ge N}\sqrt[n]{|a_n|}\lt\frac 1{r'}とできます。そこで定数CC=\max\{1,\max_{1\le n\lt N}|a_n|r'^n\}と定めると、\forall n.|a_n|\le\frac C{r'^n}が成り立ちます。

べき級数は収束半径の中では何回でも項別微分可能ですが、この定数を用いると、任意のn\ge 0,-r\lt-r'\lt x\lt r'\lt rに対して|g^{(n)}(x)|=\left|\sum_{k=n}^\infty \frac{a_k k!}{(k-n)!}x^{k-n}\right|\le\sum_{k=n}^\infty\frac{C k!}{r'^k(k-n)!}|x|^{k-n}=\frac{C n!}{r'^n(1-\frac{|x|}{r'})^{n+1}}と評価できます。最後の等号は(2)式によります。

J=(-\frac{r'}2,\frac{r'}2)\subset(-r,r)とすると、任意のn\ge 0x\in Jに対して|g^{(n)}(x)|\le\frac{C n!}{r'^n(1-\frac{|x|}{r'})^{n+1}}\lt\frac{Cn!2^{n+1}}{r'^n}と評価できるため、A=2CB=\frac 2{r'}と置くとA,B\gt 0かつ任意のn\gt 0に対して\sup_{x\in J}|g^{(n)}(x)|\le AB^n n!が成り立ちます。これが示したい式でした。

4問目

答えは出たはずだったのですが、ボロボロでした。

(1)ガウス積分です。\thetaの範囲を間違えかけました。

(2)何を示せばいいのかよくわかりませんでした。被積分関数x\rightarrow\inftyでの一様収束性を示してお茶を濁したつもりでしたが、ほとんど関係はありません。聞いた話では、あるN以降の積分値を評価して\epsilonに収めればよかったらしいです。(3)で見るようにJ(t)=\frac t 2 I(t)という関係式が成り立つので、示すのはJ(t)の一様収束性だけでよさそうです。

(3)一様収束を示したのだから微分の極限と積分を交換してもいいだろう、と思って交換しましたが、してはいけない操作のようでした。これも聞いた話ですが、微分後の形と差を取って0に収束することを言う必要があったらしいです。被積分関数t微分した後は、部分積分J(t)=\frac t 2 I(t)を示して代入すれば求める式が出ます。

(4)微分方程式を解きます。(2)と(3)ができなくても解けます。被積分関数が常に正なのでI(t)\gt 0がわかり、(3)式の両辺をI(t)で割ることができ、さらに両辺をt積分すれば求まります。僕は肝心かなめの積分で計算ミスしてしまい、非常に残念でした。

だいたい2完2半くらいでしょうか。聞いている感じでは周りの人もそのくらいのようでした。答案の回収・確認に30分くらいかかっていたので、昼休憩は午後0時半から午後1時15分まででした。学食が営業しているので、そこで昼食を摂りました。

選択問題

午後1時半から午後3時半までの2時間です。

2、4、8を解きました。数学基礎論を志望しているので8を選び、あとはその場で解けそうなものを決めました。といっても過去問では多様体と群・環を重点的に見ていたので、ある程度想定通りの選択です。今年は8問目が非常に簡単だったので誰にとっても得点源とはなり得ましたが、自分の志望と違う分野の問題ばかり解いていると面接で突っ込まれるそうですから、そのあたりも考慮して問題を選択するべきのようです。8問目がすぐに終わったので時間的には余裕がありました。

2問目

(3)が難しいです。

(1)Rの完全代表系としてa+bXを用いることができるため、それを2つ掛けて0にならないことを頑張って示せばよいです。

(2)Iより大きなイデアルを持ってきたとき、その元でIに入っていないものをa+b\overline{X}と取れて、このとき\overline{X}+1を使ってb-aもそうなることが言えます。今2Iに入っているので、b-aは奇数です。ユークリッドの互除法より整数k,lが存在して(b-a)k+2l=1となり、持ってきたイデアルには1が入っていること、つまりRであったことがわかります。あるいは同様の議論でR/Iが2元集合、つまり体であることを示してもよいです。

(3)より一般に、\mathbb{Z}\left\lbrack\sqrt{-5}\right\rbrackのような環を単項イデアルで割った環の位数は、イデアルを生成する元の(複素数としての)ノルムに等しいことが示せるらしいですが、それにはいくらかの準備が必要そうでした。単因子論を用いて示せるという話も聞きましたが、よくわかっていません。

(4)(3)を認めると簡単です。(2)の議論よりR/Iが2元集合であることが分かっていますが、それはa^2+5b^2の形で表せないため、Iは単項イデアルとはなりえません。

4問目

これも(3)が難しいです。

(1)普通のユークリッド空間でヤコビ行列を計算するだけです。座標近傍を定める必要がなくて助かりました。

(2)いつもの正則値定理です。今回はヤコビ行列のサイズが大きいので、ちょっと面倒でした。臨界点を求めるときは、形がきれいなので、小行列式を見るよりは3つの行が線形従属であることを示したほうが楽らしいです。

(3)同相になりそうだというのはちょっと計算するとわかりますが、何を示したらいいのかがよくわかりませんでした。そもそも正則値定理で得られた部分多様体に定まる位相を知らなかったのですが、実は一般に部分多様体に入る位相は元の多様体の双対位相に限られるらしいです。それを用いて位相空間としての同相を示せば十分のようで、試験後にいくらか議論した結果S^1\times S^1\rightarrow V;(\theta,\varphi)\mapsto( (\cos\theta,\sin\theta,0),(-\sin\varphi\sin\theta,\sin\varphi\cos\theta,\cos\varphi))が求める同相写像になりそうだとわかりました。連続性・単射性は形から言えて、全射性も三角関数の加法定理など使うと示せて、コンパクト空間からハウスドルフ空間への連続全単射なので逆も連続になります。

8問目

僕が過去問を見た限りでは最も簡単な問題だと思います。

(1)問題文に書いてある定義を確認すればよいです。

(2)背理法で示しました。ある集合とその補集合が両方F'に入ってしまいます。

(3)僕は両方の包含を示しましたが、実は(2)よりF\subseteq F_xだけ言えばよかったらしいです。

(4)これも背理法で示しました。

ということで1完2半、半といってもそこそこ解けているのでいい感じだったと思います。数学基礎論の問題があり得ないほど簡単だったので拍子抜けしていましたが、聞いた感じでは僕が解いた問題以外で1問目の(4)、6問目の(1)もかなり難しかったそうなので、全体としては難しめだったのでしょうか。

英語

午後4時から午後5時までの1時間の予定でしたが、選択問題の答案回収にこれまた時間がかかり、10分後ろにずれることになりました。

1問目

数学書の英文を読んで日本語に訳したり読解したりします。ほとんど受験英語で、そもそも文法が難しく感じられ、よくわかりませんでした。

2問目

数学に関係する短文を英訳します。数学用語の英語における表現を知らないと解けませんが、知っていたら普通に直訳するだけです。スペルミスをいくつかしましたが、おおむね書けたと思います。

試験後は合同C棟に移動し、明日の面接対策として今日の問題をみんなで議論しました。

試験2日目・面接

昨日の時点で面接の日程が発表されており、集合時間は人によってバラバラです。持ち物は特に必要ありません(受験票も使いませんでしたが、さすがに持っておいたほうがいいでしょう……)。服装は、僕はTシャツで行きましたが、分野によっては先生が厳しいらしく、スーツを着ている人がかなり多かったように見えました。僕と同じ教室で面接される人が結構いて、数学基礎論にそれだけ人が集まったのかと思いましたが、実際は解析の人が溢れていただけのようでした。

面接は、受験者が教卓に立って、面接官からの質問に(黒板を使いつつ)答えるという感じでした。今回はコロナ禍ということもあり、面接官の半分以上はZoom経由での参加でした。

面接前に収集していた情報としては、好きな定理とそのステートメントを聞かれるらしいこと、昨日の試験で解けなかった志望分野の問題について聞かれるらしいこと、がありましたが、結論から言えば、僕の面接ではそのどちらも聞かれませんでした。まず最初に昨日の試験についての感想を聞かれ、解いた問題それぞれについて上に書いたようなことを述べたら、それ以降はノータッチでした。

興味を持った専門書として『純粋関数型データ構造』を挙げたと上に書きましたが、それについて、純粋関数型言語における計算量解析と一般的なチューリングマシンにおける計算量解析がちょっと違うということを突っ込まれたので、正直に、適当に手元にある本を挙げたと答えました。

ほかには「データ構造を何か挙げてください」「グラフに関するアルゴリズムで知っているものはありますか」「素数判定が桁数の多項式時間で解けることを知っていますか」「PとNPの定義を言えますか」ということを聞かれたと記憶しています。ちなみにNPの定義は言えませんでした。

面接は10分程度で終了しました。これも人によってバラバラのようで、1時間近く出てこなかったという人や、何も質問が来ず一瞬で終わったという人もいました。

合格発表

面接の日の午後5時に掲示されるので、それまで数人と一緒に図書館にいました。午後5時になって数学棟の前に行くと紙が張り出されていて、ヌルっと合格していました。

まとめ

院試は、自分が受験者の中でどのような位置にいるのか、そもそも点数がどれだけ合否に影響するのかなど不安になる要素がたくさんありますが、実のところほとんど落ちないので、その事実だけを頼みにしていました。僕は何かしらの強制力がないと直前まで勉強しなかったと思うので、うまく院試勉強の仲間を見つけられたことが一番良かったことでした。